にっぽん風俗歴史街道
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風俗の歴史を体験談で辿る!それが当サイトの役目になります。興味のある方は、是非一度お読み下さい!

遊郭の形成

風俗の歴史を紐解くと、秀吉の時代に、「遊郭」が作られました。それ以前までは、遊女は特別管理されることなく、それぞれ個人や、任意のグループで、売春行為をおこなっていたわけです。ところがそれでは、性病が蔓延したり、地下組織が力を持ったりしかねない。そこで秀吉は、遊女を遊郭に集め、そこで幕府が、直接管理することにしたわけです。 遊郭はそれから長くつづき、戦争中までありました。戦後になり、アメリカの指導のもと、売春禁止法が発令されて、遊郭は全廃されることになったんですね。 遊郭の歴史は、現在では風俗店に引き継がれています。売春が暗黙のうちに認められているのは、ソープランドだけですが、このソープランドは、売春禁止法により行き場のなくなった遊女たちが、トルコ風呂に働き口を見つけたことから、その女性たちへの配慮もあり、売春を暗黙のうちに認めたと言われています。日本では売春は、建前としては禁止されていますが、実際は認められていたんですね。

公娼制度の設立

風俗の歴史を紐解いてみると、古代の歴史には、「貞操概念」がなかったと言われています。結婚という物自体が存在せず、男女は誰とでも、好きなように、性の交わりをかわしていたと言われます。 しかし徐々に「家」の制度が確立するにともない、結婚制度が定着していきますが、風俗嬢の元祖である遊女は、相変わらず存在し、お客をとっていたと言われます。遊女ははじめのうちは、諸国を漫遊していましたが、そのうち徐々に、決まった場所に定住し、そこで商売をする遊女も現れるようになりました。 江戸時代になり、江戸幕府が遊女を正式に認めるようになると、吉原の遊郭ができました。それまでは、吉原の公娼のほかに私娼がいて、個人的に売春をおこなっていましたが、公娼ができるとともに、私娼は摘発されるようになりました。 摘発された私娼は、吉原に送られ、そこで3年なり5年なりの年季を勤めることとなりました。私娼は安かったので、大変繁盛したと言われます。

素股が得意なデリヘル嬢

給料日後の何も予定が無い休日。なんとなくムラムラしたのでいつも利用しているデリヘル店で女の子を手配しました。この女の子は何度か指名したことがあって、もうお互い敬語も使わない仲です。「また指名してくれたんだね!ありがとう!今日もたくさんサービスしちゃうよ♪」と、元気よく入室。この子の接客、本当に最高なんです。まず、シャワーに入る前。丁寧に僕の服を脱がしてくれて、服を綺麗に畳んでくれるんです。「そんなこと?」と思うかもしれませんが、こういう細かい気遣いができる女の子って意外に少ないんですよね。プレイも勿論、毎回大満足な内容です。素股が得意みたいで、この子の素股は本当に中に入っているみたいな感覚になるんです!今日もその素股を存分に味わうことができました。プレイが終わった後に時間が余ったので雑談をしていたのですが、「このお店辞めようと思ってるんだよね」と女の子からの突然の告白。「え、なんで?」と聞くと、「もっと条件のいい求人見つけちゃったんだ……だからそっちのお店の面接受けてみようかと思って」とのこと。やっぱりデリヘルの求人にも条件の良し悪しがあるんですね。